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歌謡曲とジャパノイズの関連に関する一考察」

 

「余は如何にして−1]

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予告編「裸のリリーズの悲劇」

 

 

 

 

 

 

 

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ジャパノイズTOPエッセイ
美川師匠インキャパシタンツ)の 「雑音談義」

ジャパノイズ格闘技王・ンキャパ美川師匠が繰り広げる雑音薀蓄の数々。    ファン垂涎の書き下ろし第二弾

「余は如何にしてノイジシャンとなりしか」その2   美川俊治      

                                                                                        

前回、わが青春の過ちについて、好き勝手書きましたが、えーと、TGに出 会ったところまで書いたんですね。

時間的な関係がはっきりしませんが、高校生当時、ジャーマンロックにはまっ ていた私は、当時関西方面で一世を風靡したロック・マガジンのおまけのプロ ぐれ・カタログ等ながめつつ、ダウンタウンのネムさんや吉本さん、メロディ メイカーの森本さん、LPコーナーの山本さんといったその道の達人方にもの を教わりつつ、なけなしの小遣いをはたいては、まだ市場にわずかに残ってい たOhr原盤とかを買い漁っていた(この表現は実際に買った枚数に比べれば 適切ではありませんが)のでした。でも、どこをどう探しても手に入らなかっ たのが、ファウストの初期3枚とグルグルのUfoでありました。

で、大学に入って京都方面へ通うことになった時、そういった貴重盤が聞ける 「店」がある、というのを耳にし、なれない京都の町を地図を頼りに彷徨った 挙句に辿り着いたのが、かの「どらっぐすとぅあ」でありました。初めてここ に足を踏み入れた私は、その空間の異様さに衝撃を受けたものです。

愛想の無い低いドアを開けると、二段ベッドのように中の空間は上下に仕切ら れしかもそのどちらも直立することは出来ないほどに天井が低い状態。紫色の 起毛カーペットで覆われたその空間には、ジャーマン・ロックはもとより、所 謂プログレからインプロビゼーション、フリージャズ、ノイズ(といっても当 時そのような呼称はありませんでしたが)が、環境的な制限からそれほど大き な音は出せないという条件でありましたが、常に鳴り響いているという、摩訶 不思議な空間であったのであります。ここで、はじめてUfoを耳にすること が出来たわけですが、そのときの感動は今の子供たちにはわからないだろうなぁ。

どらっぐすとぅあは、おいちゃんと呼ばれるオーナー(私は遂にこの人の本名 を知らずじまいでしたが)が、大学生を中心としたスタッフに運営を任せると いうフリースペースで、運営費用は来訪者のカンパ(飲み物は実費)という方 針だったためにカンパニア・スペースと自称していました。ここで私はその後 の人生を左右するほどに多くの人と出会いました。

少し名前を挙げてみれば、 広重社長、高山謙一さん(イディオット)、石橋さん(FMN)、渡辺浩一郎 さん(故人)、Bide、タイキ、谷口さん(ザッパマニア)、岡君、ズケ 君、堀田さん、広田君、...いやもう数えればきりがありません。気がつけ ば、私もスタッフになっており、担当の日には、下宿のあった浄土寺南田町か ら自転車を飛ばして千本中立売に駆けつけるという日々を送っていたのです。

どらっぐすとうぁは先にも書いたように極めて狭い空間で、近所の理解も余り 無かったが故に音量にも制約があったわけですが、いつの間にか自然発生的に アンプ等を持ち込んで小規模なライブが行われるようになりました。渡辺浩一 郎さんと堀田吉範さんの「まだ」等が代表的な演奏者でしたが、私がここで聞 いた中で一番印象に残っているのは、オリジナル非常階段(広重嘉之+頭士奈 生樹)のファーストライブです。社長の今のソロのスタイルは、円熟の域に達 して多様化してはいるものの。当時の演奏に根源的には回帰しているように思 うのは私だけなのでしょうか。

また、どらっぐのスタッフを中心とした企画集団(だったのかなぁ)クロスノ イズも同志社大の学祭や西部講堂でのイベントを立ち上げ、ヴェッダやガラパ ゴス、ノイズといった様々な東京の演奏者を積極的に招聘し、紹介していたの も印象的です。ここに通いつめていたころ、多分TGと出会い、その直後には ホワイトハウスも耳にすることになる、LAFMSの音に触れたのも同じころ というわけで、音的には極めて濃密な時代を過ごしていた私でした。

この続きといっても時系列的に無茶苦茶且つ記憶も定かでないのでなんです が、その内、気が向けばまた書きたいと思います。 では、その日が来るまで、ご機嫌よろしゅうに。

 

 

インキャパシタンツ 

"ノイズに「意味」をもたせてしまう事の無意味さ、さらに「無意味」という意味すら外そうとする 徹底した純粋なるノイズ。 インキャパシタンツは極私的であることによってそれを実現している" :JOJO広重

”「非常階段」のメンバーでもあるT. 美川と、C.C.C.C.などに在籍していた小堺文雄の凸凹コンビの繰り広げるインキャパシタンツのノイズ・パフォーマンスは、一般的なノイズに対するイメージを打ち破る程に開放的だ。痙攣し、飛び跳ね、揺れ動く大小の肉体と完全に一体化して打ち出されるノイズ・サウンド。それは「ノイズとは何か」という議論を無意味化する程にストレートに聴くものに伝わってくる。”:地引雄一                                       

”美川俊治師匠とコサカイフミオから成るジャパノイズを代表するユニット。そのパフォーマンスは、しばしば大小二つの肉弾の重爆撃に例えられる。それは今では「ノイズ格闘技」というジャンルを確立し、多くの格闘技ファンから熱い視線を送られている。また二人はノイズ界きっての論客としても知られ、今日もトレンチコートを素肌にまとい各種メデイアに露出を続けている。”:伊藤まく