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ESSAY | |
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舟沢虫雄 舞踏と音楽 |
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舞踏家・蝉丸等の公演での舞台音楽を手がける舟沢虫雄が、今まであまり語られなかった舞踏と音楽にまつわるあれこれを語る。 ノイズファン、舞踏ファン、舞踏音楽を手がけて見たい人なども必読! 舟沢虫雄の作品は japanoise.shop に出品されています>> |
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舞踏と音楽 その2
昔々、まだ私が若かった頃、ある大がかりな舞踏公演に音楽で参加させていただく機会がありました。 会場も大きく、出演者も多く、音楽は私を含めて3〜4人がかりのものでした。 演出/主演のメイン舞踏家さんからは、大まかな構成と、私の担当シーンと、各シーンの大まかなテーマのみが伝えられました。 この公演に、私が勝手に混入させたいと考えたのは、“グノーシス”でした。 当時の私を衝き動かしていたのは、社会に対する圧倒的な憎しみや、ひいては“造物主”に対する憎しみ その公演全体が“グノーシス的な作品”になるらしい事に気づきはじめたのは、リハーサルがかなり進んでからでした。 他のミュージシャンの方はエリック・サティの「グノシェンヌ」を演奏する。 メインの舞踏家さんはグノーシスの図版のように踊る。 大勢の舞踏家さん達の群舞はグノーシスの信者たちのような身振りをやっている。 最後の大団円には、グノーシスとカバルの合わせ絵のような群舞の中で、メインの舞踏家さんが中空に猛然と手を掲げ、 その中で「あなたに存在する資格はない」という、ある意味“どグノーシス”なタイトルが付けられた私の曲が響く、という状況となったのです。 公演が終わってから、メインの舞踏家さんに「グノーシスをやろうとしたんですか?」と聞いてみたら、グノーシスをご存知ない様子でした。 「グノシェンヌ」を演奏したミュージシャンの方に「あれはなぜやろうと思ったんですか?」と聞いてみたら、 「いや、ああいう曲もあったほうがいいかな、と思って。特にダメとも言われなかったし」とおっしゃっていました。 その公演は、出演者もスタッフも判らない何処かから、グノーシス的な“何か”が深く関わっていたのです。 その後、インターネットやヴァーチャルリアリティ、携帯電話、オウム真理教事件、援助交際などが社会に生じ、 さらにそれらの一見何の脈絡もない現象が「変形グノーシス」「グノーシスの亜種」などと呼ばれるようになった頃には、 公演から10年くらい経っていました。 「巨大旅客船が沈む小説を書いたら、数年後に、大きさ、沈む原因、船の名前ま でそっくりな船が本当に沈んだ、 ある日突然「○○族の音楽が聴きたい!」と思ったら、その数年後にその部族が紛争でひどい事になった、 ベルリンの壁を天使が行き来するような映画を作ったら、ほんとに壁が崩れちゃった、 --そんな話は古今東西いくらでもあります。 なぜそんなことが起きるのかは、全く判りません。 ただ思うのは、「それに変にとらわれないこと」だ、ということです。 「自分がやったからこういう事が起きた」とか、「自分には予知能力がある」とか(笑)、仮にでも思わないこと。
正夢ばかり見ている人が夢だけを頼りに生きていたら、いつかひどいしっぺ返しを受けることでしょう。 第一、そういう事が生じた作品が、 やはり私たちは、過去と未来の間、理想と現実の間、意識と無意識の間、個人と社会と世界の間、 “感じてばかりで考えようとしない態度”と“考えてばかりで感じようとしない態度”のあいだを、 迷いながら悩みながら、時としてゆがんだりもしながら、暮らしていくしかないのかもしれません。 それでは失礼します。舟沢虫雄でした。 (2004.4.3UP) |
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舟沢虫雄の作品は japanoise.shop に出品されています>> 「月化粧」(右写真>>) 「蝉丸のための音楽」 「夜明け前双つ」 「否定の果て」
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