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向井千惠(Che-SHIZU,打鈍)

向井千恵ストーリー・1

初期Che-SHIZU、そしてグループ名の由来                    

              (東京FMCS放送インタヴューより/構成・there)

 

1981年。荻窪Goodmanにて向井千惠を中心とした即興のユニットとしてChe-SHIZUは始まった。

「わたしと誰がやってもChe-SHIZU」という形で特にメンバーは固定されているわけ ではなく、「だいたいいつも三人くらいのメンバーで、ひとり抜けてひとりはいってというかんじ」だった。

バンド名は当初、Che-SHIZUではなく、Cho-SHIZUだった。SHIZUというのは魚の名前 で、ウオゼないしイボダイという銀色のタイの種類のよう。Cheには特に意味はない。                 

最初、choの[o]の部分に関しては、一回ごとに順次他の母音に変化させて行こうと考 えられていた。予定の順序としては[o→e→u→i→a]だったらしいが、何故かこれ が[e]で止まってしまった。で、それに誰かがアクサンテをつけて、[z]はないけれど "シズの家で" (Chez-SHIZU : 発音上は同じ) みたいな意味あいになっているという。                                       

その後だいぶたってからだが、ある地方にSHIZUという名前の漁民を相手にしていた 娼婦がいたことを彼女は朝日新聞のコラムを読み知る。その娼婦がシズという魚に似 ていたのか。それはあとからつけたこじつけみたいな感じになるかもしれないがとい う断りを入れながらも、即興演奏における、音の上での娼婦という意味が成り立つか なと、彼女は考えている。  

歌ものの曲ができだしてきたのは、Che-SHIZUを始めてから一年半か二年くらいたっ てからだったという。既にその頃には、Goodmanから吉祥寺のGattyに場所を移してい て、高橋朝と矢野博士が参加していた。矢野博士が抜け、西村卓也が入り、それに工 藤冬里が加わり、曲をやりだしてからのChe-SHIZUのオリジナル・メンバーというべ きものが形成される。                   

最初の曲は、彼女が部屋からGattyに行くときにどこからかメロディが聴こえてきて、 それを譜面にうつし、電車の中で歌詞を書いて、当日演奏されたもので、それが1st LPに収録されている「火の海」という曲である。 その後だんだん曲がふえて行き、曲と即興半分ずつくらいというのがしばらく続き、 次第に歌ものを中心としたバンドに変貌して行った。1983年のうちに、すでにほぼ完 全にロックバンドのようなものになっていた。