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Reiko.A インタヴュー NEW
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Noisician’s Profile | |
| Reiko.A (VENUS in VIRGO) インタヴュー | ||
Reiko.A(VENUS in VIRGO)にインタヴュー。MERZBOW のメンバーとしてハードな演奏を展開してきた彼女は、如何にして 現在の内省的なヴォイス・パフォーマンスに辿りついたのか? その内奥が今こそ明かされる! |
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Reiko.A インタヴュー(前編) (聞き手:伊藤まく) Q:KAI・ZENでのライブは、以前Show Boatでのライブの時とだいぶ様子が違っていましたね。 Show Boatの時は、歌が入ったり、対位法的な和声が導入されたりと、全体として整然と構築されている印象でした。予定調和的な世界、というか。 対して今回は、有馬さんの演奏もアンビエント的というか、捉えどころのないものに変化しています。 そしてそれに呼応するかのように、Reikoさんのヴォイス・パフォーマンス自体も、狭義の歌ではなく、ヴォイス、語りの類に変化を遂げているように感じられました。
この間に何か、音楽創作に対する考え方や心境の変化というものがあったのでしょうか? A: 音楽制作に対する考え方の変化があったと言うよりは、単に趣味的にやりたいことと、表現として人前でやりたいこととのバランスが取れてきたからだと思います。多くの人にとっては、ノイズというジャンルは開放的なものかも知れませんが、私にとっては閉鎖的なものです。 私は長い間MERZBOWに参加していたことによって、ノイズというひとつのジャンルにずっと閉じ込められていました。だからその反動として、Show Boat で演奏したりしていた98〜99年の頃は、ノイズの中では(少なくとも当時のMERZBOWの中では)決してできなかった歌唱を中心にやってみたわけです。それは本来なら一人でうちで歌っていてもよかったはずのものなのですけど、自分の中で欲求がコントロールできなかったというわけですね。 Q.そもそも、かつてはかなりハード・コアなノイズにも手を染められていたわけですが(注1)、Venus in Virgoのような表現形態をとるようになったのは、どういうお考えからでしょうか? A:私自身がけっこう前からヴォイスを中心に表現をしたかったことと、MERZBOWの中では私のヴォイスが活かされ切れなかったこととがあるでしょう。 最近は声帯だけではなく、もっと手足を活かすことにも興味が向いていますが、これはこれで、現在先鋭的とされる音楽表現が、ラップトップによる動きの少ないものが主流になってきたことに対する反動ではないかと自分で分析してます。でも、こちらの場合は決して趣味的な範囲に留まるものではないと思います。 Q.Show Boat のライブの時は、Mポルナレフの歌を採りあげていたのが、意外でもあり、また完成度も高くて印象に残っていますが、あの歌を採りあげたのはRreiko.Aさんの発案ですか? A:そうです。ミッシェル・ポルナレフは好きです。でもやっぱり、七十年代のもののほうがいいですね。何十年たっても色褪せない彼の美しい曲をみんなに思い出してもらいたくて、歌ってみました。 だけどそう思っていた人たちは多いようで、その後かつてのアルバムもCDとして発売されたし(ほかのミュージシャンたちに比べてずいぶん遅かったとはいえ)、確かミュージック・マガジンで特集も組まれてましたよね。特に読みませんでしたけれど。 彼の音楽制作に対する論理や技術的なことには私は興味も理解もなく、単に情緒的に反応して好きだと感じているだけですから。 Q.KAI-ZENのパフォーマンスでは、意識的か無意識にか解りませんが、民俗的な要素を感じたのですが。沖縄民謡とか、インデイアンの歌とか…これは偶然でしょうか、それとも何か意識していらっしゃることがありますか? A:私としては、民俗的な要素を取り入れようと特別に意識したことはありません。 それよりも私は、どちらかと言えば自分のヴォイスに日本芸能のルーツを感じています。ただ、日本芸能風の発声をやると、のどへの負担が大きそうなので、それは意識して避けるようにしています。 (2002.10.31) |
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Reiko.Aから 今度出すポエトリー&トークのCDは、去年小さな試みとしてステージでやっていたことを形にするものです。でもかなり昔の八十年代前半にも、ポエトリー・リーディングなら、わずかながらやっていたことがありました。 当時は、かつて天井桟敷にいたマリ千鶴さんと、<まじめな文学少女のための集い>という少女趣味的な企画を、時代に逆らったアナクロ感覚のつもりでやっていたのですけど、一度だけ83年に、まだ秋田昌美と水谷聖の二人編成だったMERZBOWをバックに、ポエトリーではなくペストに関するテキストのコラージュを朗読したこともあります。 このインタビューを受けるまで、そんな古いことはもうすっかり忘れていましたけど、当時はその話を聞いた人たちに、「どうしたら、そんなことが可能なのか!」と、よく言われました。ほんとうに今から考えても、どうして可能だったんでしょうかね。後になると、MERZBOWの中では私の声はほとんどかき消されてしまい、私はただただ声を張り上げるしかなくなってしまったのですけど。 このCDでは、<おとなしい私>と、<おしゃべりな私>の両方に出会えるようになっています。 と言っても、ノイズという枠組みにはまったく入る物ではないので、念のため。 |
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